人間の能力は遺伝で決まるのか、生まれてからの環境で決まるのか、興味ありますね。
実は最新の研究では、ほとんどが遺伝で決まっているとのこと。
我々の感覚と違いますね。
驚くべき事実を見ていきましょう。
まずは古い説から。
成熟(優位)説
アメリカの心理学者ゲゼル(A.Gesell)は、「発達は遺伝的要因によって決められている」と考えました。
遺伝によって生まれ持った性質や能力が、ちゃんと使えるように準備される必要があるとし、その準備状態のことを「レディネス」と名付けます。
レディネスとは、「レディ~、ゴー!」のレディだね。
例えば、2歳の子は自転車に乗れず、3歳の子は自転車に乗れるのは、3歳の方が準備(レディネス)ができているからと考えるわけです。
このように成熟優位説では、遺伝子的に体が準備している「レディネス」を重視します。
環境(優位)説
アメリカの心理学者ワトソン(J.B. Watson)は、発達に遺伝的要素は関係なく、育った環境によっていかようにでもなると考えました。
ワトソンといえば心理学の三大潮流の1つ「行動主義」でアルバート坊やの実験を行った人として有名です。
アルバート坊やにネズミを見せた時に、同時に大きな音を出して怖がらせると、ネズミを見ただけで怖がるという実験です。
かわいそすぎる。
この実験によって、人間は遺伝ではなく後天的な学習によってその発達が決まると考えたわけです。
ワトソン「人は学者にも医者にも育て方次第でなれる」と述べています。
輻輳説
シュテルン(W.Stern)は、人間の発達は遺伝と環境の両方で決まると考えました。
輻輳(ふくそう)とは「集まる」という意味です。
輻輳説は漢字が難しいから捨てるん(シュテルン)と覚えましょう。
ただし、遺伝と環境の相互作用はないとし、単純な足し算と考えます。
つまり、身長に影響するのは遺伝90%と環境10%みたいな感じで。
相互作用説
相互作用説では、輻輳説と同じように発達には遺伝と環境の両方が影響すると考えますが、輻輳説と異なる点は、遺伝と環境がお互い影響し合うということです。
環境閾値説
ジェンセン(A.R.Jensen)は相互作用説の1つである環境閾値説を提唱しています。
遺伝と環境は相互に作用すると考え、個々の遺伝的な性質によってどの程度環境要因が必要かが変わってくるという説です。
つまり、環境要因にはそれぞれの能力を発揮するのに必要な「閾値(いきち)」があって、それを上回る環境要因が無いとその能力を発揮できないと考えます。
例えば、自転車に乗れるという能力について考えると、運動神経が遺伝的に高い人は環境要因に左右されず(あまり訓練をしなくても、指導者に恵まれなくても)乗ることができますが、運動神経が遺伝的に低い人は環境要因が必要であるということです。
行動遺伝学
行動遺伝学というのは、遺伝と環境が人間の行動や特性にどのように影響しているのかを明らかにする学問です。
例えば身長はほとんど遺伝によって決まっています。
研究結果を見ていきましょう。
研究結果
まず、人間の特性や行動は「遺伝」と「環境」の2つの要因で決まると考えます。
さらに「環境」は家庭環境などの「共有環境」と家族外の友人関係などの「非共有環境」に分けられます。
つまり人間の特性は「遺伝」「共有環境」「非共有環境」の3つで決まるというわけです。
慶応義塾大学の安藤寿康教授の著書「遺伝子の不都合な真実」「日本人の9割が知らない遺伝の真実」に書かれている内容を見ていきましょう。
驚くべき内容です。
以下の図を見てください。
図の黒い部分が遺伝の割合で、人間の能力の多くが遺伝によって決まっていることが分かります。
ちょっと意外ですね。
指紋や身長や体重はほとんど遺伝によって決まっているようです。
指紋や身長が遺伝で決まるのはわかりますが、体重も遺伝なんですね。
さらに音楽や執筆、数学やスポーツの才能も、ほとんどが遺伝で決まっています。
知能IQを見てみると、児童期は遺伝の割合が半分にも満たないのに、青年期、成人期と成長するにつれて遺伝の割合が上がっています。
つまり、小さい頃は家庭(共有環境)や学校(非共有環境)の影響が大きく、育て方が重要なのですが、その後成長するにつれて遺伝による影響が顕在化してきます。
以下にあるように、年齢とともに共有環境の影響は低下し、遺伝と非共有環境の影響は上昇しています。
つまり小さい頃は家庭環境が大事だけど、成長すると遺伝と家庭外環境の影響が大きくなるということですね。
国語、算数、理科といった学業成績はどうでしょう。
なんと、遺伝の影響が6割にも達します。
では、頑張って勉強しても意味が無いかと言えば、そんなことはありません。
共有環境と非共有環境の影響も、遺伝ほどではありませんが、ある程度はあります。
では性格はどうでしょう。
図にはビッグファイブ5因子が記載されていますが、遺伝の影響は半分くらいですね。
ということで、全体的に遺伝の割合が想像以上に大きいことがわかります。
そして家庭環境などの「共有環境」による影響がほとんどないことも意外です。
双子の研究(双生児研究)
行動遺伝学はどのように実験されるのでしょう。
双子を比較すれば、遺伝的な要素が浮き彫りになります。
双子には「一卵性双生児」と「二卵性双生児」があり、一卵性双生児の遺伝子は全く同じ、二卵性双生児は両親から半分ずつ遺伝子を受け継ぐので双子同士の遺伝子は約50%が同じです。
一卵性双生児は遺伝的には同じなので、その双子に差が生まれればそれは「環境」による影響です。
一方で二卵性双生児は遺伝的に50%異なるので、双子という類似する「家庭環境」で遺伝的要素がどの程度特性に差を生むのか研究できます。
つまり、それぞれの特性について、一卵性双生児と二卵性双生児の相関度合いを比較することで、遺伝要因と環境要因を見積もることができます。
ミネソタ大学の双生児研究では、一卵性双生児は二卵性双生児よりも遺伝的に類似しているために人格特徴が似てくるということがわかりました。
統計学的に言えば、一卵性双生児の方が二卵性双生児よりも相関係数が大きいということです。
安藤教授の研究結果にもあったように、人間のパーソナリティ(性格)の半分は遺伝で、残り半分は「非共有環境」で決まっています。家庭環境などの「共有環境」は性格に影響しないんですね。
まとめ
人間は「白紙」の状態で生まれてくるわけではありません。
人間には「遺伝子」が組み込まれ、その「遺伝」の影響と生まれてからの「環境」の影響で様々な特性が決まります。
つまり「生まれ」と「育ち」です。
小さいころは「遺伝」による影響が小さく、周囲の環境や育て方が重要で、年齢を重ねるごとに遺伝による影響が大きくなります。
私の感覚では、スポーツや音楽などは生まれつきの遺伝や才能が重要だと思っていたのですが、学業などは努力次第でなんとでもなると思っていました。
でも、そうでもないんですね。
相当部分、遺伝の影響が大きいようです。
過去問
第1回(追試)問8
人格の個人差に関する行動遺伝学的説明について、最も適切なものを1つ選べ。
① 人格は単一の遺伝子によって規定される。
② 遺伝要因と環境要因の交互作用は統計的に検討できない。
③ 遺伝要因と環境要因の影響力は、個別には具体的な数値で表せない。
④ 成人期では一般的に、共有環境の影響は遺伝や非共有環境の影響よりも小さい。
⑤ 一卵性双生児と二卵性双生児のきょうだいそれぞれにおける人格特性の相関係数は後者の方が高い。
行動遺伝学がまるまる1問出てきました。
① 人格は単一の遺伝子によって規定される。
間違いです。パーソナリティ理論で見てきたように、人格を形成する因子は「外向性」「誠実性」「神経症傾向」など様々です。
そしてそれぞれの因子に影響する遺伝子もさまざまです。
② 遺伝要因と環境要因の交互作用は統計的に検討できない。
間違いです。できます。
③ 遺伝要因と環境要因の影響力は、個別には具体的な数値で表せない。
そんなことはありません。遺伝要因〇%、環境要因〇%と表せます。
④ 成人期では一般的に、共有環境の影響は遺伝や非共有環境の影響よりも小さい。
正しいです。成長すると家庭環境などの「共有環境」の影響は小さく、家庭外の「非共有環境」と「遺伝」でほとんどが決まります。意外にも。
⑤ 一卵性双生児と二卵性双生児のきょうだいそれぞれにおける人格特性の相関係数は後者の方が高い。
間違いです。一卵性双生児の方が相関係数は高いです。
つまり、人格は遺伝による影響が大きいことの証明です。
社会福祉士 第28回 問題12
遺伝と環境に関する学説として、正しいものを1つ選びなさい。
1 成熟優位説では、学習を成立させるために必要なレディネスを重視する
2 環境優位説では、周囲への働きかけや環境及び出生前の経験を重視する。
3 輻輳説では、発達は遺伝的要因と環境的要因の引き算的な影響によるとした。
4 環境閾値説では、心理的諸特性が顕在化するには固有の人格特性があるとした。
5 行動遺伝学では、遺伝と環境の関係を地域環境の側面から統計的手法で見積もる。
1 成熟優位説では、学習を成立させるために必要なレディネスを重視する。
正しいです。ゲゼルの提唱した成熟優位説では、学習を成立させるためには、ちゃんとした準備(レディネス)が必要と考えました。
2 環境優位説では、周囲への働きかけや環境及び出生前の経験を重視する。
間違いです。ワトソンが提唱した環境優位説では出生前の経験は重視しません。
3 輻輳説では、発達は遺伝的要因と環境的要因の引き算的な影響によるとした。
間違いです。シュテルンの輻輳説は、遺伝的要因と環境的要因の引き算ではなく足し算です。
4 環境閾値説では、心理的諸特性が顕在化するには固有の人格特性があるとした。
間違いです。ジェンセンの環境閾値説では、固有の人格特性ではなく環境要因が閾値を超えることが心理的諸特性の顕在化につながります。
5 行動遺伝学では、遺伝と環境の関係を地域環境の側面から統計的手法で見積もる。
間違いです。地域環境の側面からというのは変ですね。
次の記事
次は、エリクソン、ピアジェ、ヴィゴツキーの発達理論です。
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