人間の感情(喜怒哀楽)の1つ「怒り」は、進化論の観点からは自然淘汰上の有利さをもたらすものであり、生き延びるために不可欠な感情です。
怒りは目標達成に向けた行動への障害となるものに対して攻撃する動機づけになり、目標達成につながります。
基本感情説
エクマン(P.Ekman)、プルチック(R.Plutchik)、イザード(C.Izard)は、人は文化普遍的な「基本感情」を持つと主張し、表情が人類に普遍的であることを示そうとしました。
それぞれ、以下のような基本感情を提唱しています。
エクマン:喜び、驚き、怒り、恐れ、嫌悪、悲しみ
プルチック:喜び、驚き、怒り、恐れ、嫌悪、悲しみ、受容、予期
イザード:楽しみ、興味、恐れ、驚き、嫌悪、軽蔑、怒り、苦悩、羞恥、罪
エクマンらは複数の国々で調査を行い、文化の違いに関わらず基本感情が存在し、これら基本感情と顔面表情が異文化間であってもほぼ普遍のものと主張しています。
神経文化説 by エクマン
基本感情は文化普遍的ですが、文化によって感情の「表示規則」が異なるため、それぞれの文化で感情の表現(表情)が違うという説です。
どのような場面でどのような表情をするかは文化によって違うということを唱えています。
「基本感情説」への批判
上記の基本感情説への批判として、次元論、心理構成主義、社会構成主義の3つがあります。
次元論
基本感情説ではいくつかの感情が個別に設定されていましたが、次元論では感情が連続的なものと捉えます。
「感情の円環モデル」by ラッセル
ラッセル(J.Russell)の「感情円環モデル」では、感情を「快−不快」と「覚醒−睡眠」の二次元の感情空間によって定義されます。
以下の図にあるように「快−不快」と「覚醒−睡眠」の二次元によってあらゆる感情が表現されています。
心理構成主義
基本感情説は、怒りや喜びという感情に実態があると考えますが、心理構成主義や社会構成主義では感情には実態が無く作られるものと捉えます。
心理構成主義では、感情はその人の認知的解釈によって異なると考えます。
コアアフェクト理論
心理構成主義の1つである「コアアフェクト理論」はラッセルの円環モデルを基本としています。
コアアフェクトという内的状態を想定し、コアアフェクトが「快−不快」と「覚醒−睡眠」を持っています。
社会構成主義
社会構成主義では、感情はその個人が属する社会や文化によって規定され、感情が文化固有の社会化の産物であると捉えます。
つまり、基本感情説のように文化普遍的な基本感情を設定しないのですね。
基本感情説と真逆の考え方です。
まとめ
敵意帰属バイアス
認知バイアスの1つ「敵意帰属バイアス」は、他人からの「敵意」を過度に感じやすい傾向です。
誰にでも備わっていますのでしっかり認識しておきましょう。
パラノイド性格&パラノイド認知
パラノイド認知とは対人場面において他者の敵意が自分に向けられやすいと感じる認知スタイルです。
敵意帰属バイアスと似ていますね。
パラノイド性格は、パラノイド認知傾向が強い性格のことで、猜疑心、他者への不信と警戒、屈辱感に対する過敏性と攻撃性、感情を制限し理性的で、他者からの侵入を拒む秘密主義を特徴とする性格です。
クレペリンが概念化したパラノイアの病前性格の中で提唱されました。
パラノイアはDSM-5では「猜疑性パーソナリティ障害/妄想性パーソナリティ障害」に分類されます。
3種類の行動パターン
タイプA行動パターン
1950年、アメリカの医師フリードマン(M.Friedman)とローゼンマン(R.H.Rosenman)は、狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患に特徴的な行動パターンがあることを発見しました。
それがタイプA行動パターンと呼ばれる性格です。
「A」は「aggressive(攻撃的)」の頭文字です。
しかし、のちに虚血性心疾患のような冠状動脈疾患には関係がないということがわかり、以下で示すタイプA行動パターンの特徴である「敵意性」が危険因子であることがわかりました。
タイプA性格とは、自分が定めた目標を達成しようとする強い欲求を持ち、人と競争することを好み、功名心が強く、つねに時間に追われながら多くのことをこなそうとする傾向です。
身体的・精神的に過敏で、強い敵意や攻撃性を示し、大声で早口にしゃべる傾向があるとされています。
時間的切迫感、性急さ、達成努力、野心、競争、敵意性などの特徴があることを覚えておきましょう。その中でも特に「敵意性」が冠動脈疾患の重要ファクターであることがわかっています。
タイプB行動パターン
タイプB性格はタイプAの逆で、マイペースに行動し穏やかで目立たず非攻撃的な性格です。
フリードマンらの報告によると、出世欲の強いタイプA性格よりもタイプB性格のほうが結果的には出世しやすいともいわれています。
「B」は「Being(あるがまま)」の頭文字です。
タイプC行動パターン
タイプC行動型パターンは、L.Temoshok と B.H.Fox が提唱しました。
怒りをはじめとしたネガティブな感情を表出せず忍耐強く控え目で、周囲の人々に対して協力的で権威に対して従順で他者の要求を満たすためには極端に自己犠牲的になるなどの特徴があります。
そのため葛藤やストレスを抱えやすく、ガンにつながる病前性格とされます。
感情の抑圧、自己主張の弱さ、受動性などタイプAの対極的な特徴があります。
「C」は「Cancer(ガン)」の頭文字です。
過去問
第2回 問79
基本感情のうちの怒りについて、適切なものを1つ選べ。
① 敵意帰属バイアスは、怒りの喚起を抑制する。
② パラノイド認知の性格傾向のある人は怒りを生じにくい。
③ 進化論の観点からは、怒りは自然淘汰上の有利さをもたらす。
④ 怒りの表情に対する認知については、異文化間での共通性はない。
⑤ タイプCパーソナリティの人は怒りを含むネガティブ感情を表出しやすい。
① 敵意帰属バイアスは、怒りの喚起を抑制する。
間違いです。敵意帰属バイアスは他人からの敵意を過度に感じやすい傾向です。
② パラノイド認知の性格傾向のある人は怒りを生じにくい。
間違いです。パラノイド認知の性格傾向のある人は怒りを生じやすいです。
③ 進化論の観点からは、怒りは自然淘汰上の有利さをもたらす。
これが正解です。
④ 怒りの表情に対する認知については、異文化間での共通性はない。
間違いです。基本感情説では文化普遍的な基本感情(怒り・嫌悪・恐れ・幸福感・悲しみ・驚き)を持つとされています。
⑤ タイプCパーソナリティの人は怒りを含むネガティブ感情を表出しやすい。
間違いです。タイプCパーソナリティの人はネガティブな感情を表出しません。感情の抑圧などでストレスを溜めやすいです。
第5回 問98
L.Temoshok と B.H.Fox が提唱し、がん患者に多いとされるタイプCパーソナリティについて、最も適切なものを1つ選べ。
① 競争を好む
② 協力的である。
③ 攻撃的である。
④ 自己主張が強い。
⑤ 不安を感じやすい。
選択肢②と⑤で迷いますが、②が正解です。
第1回 問86
基本感情説における基本感情について、最も適切なものを1つ選べ。
① それぞれの感情が特異的な反応と結びついている。
② 大脳皮質を中心とする神経回路と結びついている。
③ 発達の過程を通して文化に固有のものとして獲得される。
④ 喜び、怒り及び悲しみといった感情概念の獲得に依存する。
⑤ 快−不快と覚醒−睡眠の二次元の感情空間によって定義される。
① それぞれの感情が特異的な反応と結びついている。
これが正解です。基本感情説では基本感情それぞれが特異な進化的適応反応と結びついていると考えます。
② 大脳皮質を中心とする神経回路と結びついている。
間違いです。これはキャノン=バードの「中枢起源説」、もしくはダマシオの「ソマティック・マーカー仮説」に近い内容です。
③ 発達の過程を通して文化に固有のものとして獲得される。
間違いです。これは「社会構成主義」の考え方です。
基本感情説では、基本感情は文化固有のものではなく文化普遍のものと考えます。
④ 喜び、怒り及び悲しみといった感情概念の獲得に依存する。
間違いです。これは「心理構成主義」の考え方です。
⑤ 快−不快と覚醒−睡眠の二次元の感情空間によって定義される。
間違いです。これはラッセルの「感情円環モデル」(次元論)の内容です。
基本感情説を批判した以下の3つを改めておさらいしておきましょう。
・心理構成主義
・社会構成主義
第1回(追試)問130
タイプA型行動パターンについて、正しいものを2つ選べ。
① M.Friedman が提唱した性格傾向である。
② 時間的切迫感、感情抑制、他者評価懸念及び社会的同調性の特徴を持つ。
③ 1950年代の最初の報告以来、心筋梗塞の発症に関わることが一貫して示されてきた。
④ 行動パターンを変容させる介入研究により、心筋梗塞の再発を抑える効果が示されている。
⑤ 複数の特徴のうち、時間的切迫感が心筋梗塞発症の最も強いリスク要因であることが示されている。
① M. Friedman が提唱した性格傾向である。
正しいです。
② 時間的切迫感、感情抑制、他者評価懸念及び社会的同調性の特徴を持つ。
間違いです。時間的切迫性はタイプAですが、それ以外はタイプCに近いです。
③ 1950年代の最初の報告以来、心筋梗塞の発症に関わることが一貫して示されてきた。
間違いです。「一貫して」ではなく、のちにタイプA行動パターンとは関係がないことがわかりました。
④ 行動パターンを変容させる介入研究により、心筋梗塞の再発を抑える効果が示されている。
正しいです。フリードマンらは認知療法的技法と行動療法的技法を組み合わせることでタイプA行動を減少させ心筋梗塞の再発を抑える効果が示されました。
⑤ 複数の特徴のうち、時間的切迫感が心筋梗塞発症の最も強いリスク要因であることが示されている。
間違いです。時間的切迫感ではなく「敵意性」が最も強いリスク要因です。
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次は、感情理論まとめです。
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