様々な感情理論を、進化論的な理論とそうでない理論とに分けて見ていきましょう。
進化論的感情理論
まずは、進化論を基にした以下の理論を見ていきましょう。
感情の進化論 by ダーウィン
感情の進化論は、感情は生存に必要な機能を持つとする理論です。
また、感情と表情は対応関係にあると考えています。
楽しい時の表情、悲しい時の表情は1対1対応していますね。
顔面フィードバック仮説 by トムキンス
トムキンス(S.Tomkins)は、感情は顔面筋と腺の活動の生得的な反応パターンの中枢へのフィードバックの結果として生じるという「顔面フィードバック仮説」を提唱しました。
ダーウィンの進化論に影響を受けてますね。
この研究では、被験者にペンをくわえさせ自然と笑うように仕向けて、漫画の面白さを評定させました。
末梢から中枢へのフィードバックが感情経験を喚起するという点で、以下の末梢起源説と類似しています。
気分が落ち込んでいるときにむりやり笑顔を作るだけでも少し明るい気分になりますね。
基本感情説
トムキンスの弟子であったイザード(C.Izard)は「心理進化説」を、エクマン(P.Ekman)は「神経文化説」を唱えました。
エクマンらは、表情研究からヒトは系統発生的に連続した、文化普遍的な「基本感情」を持つと主張しました。
基本感情説の詳細は以下の記事で。
アージ理論 by 戸田正直
戸田が提唱した「アージ理論」は、進化論的な立場から感情を認知システム全体との関連で捉え、自然環境に適応するために進化してきた感情を含むシステムを「アージ・システム」と呼んでいます。
アージ(urge)というのは「人間や動物を駆り立てること」です。
太古の昔、人間が狩猟採集で暮らしていた時代は毎日のように緊急事態に遭遇していたため、危機を乗り切るために「アージ・システム」が進化していきます。
そのような環境で生き延びるために以下の4種類のアージを発展させていきます。
緊急事態アージ: 恐怖や不安など外界の脅威に対応
認知アージ: 認知的情報を司る
社会関係アージ: 他人との係わりに対応
これらアージは大昔の野生環境では合理的なシステムでしたが、文明が進んだ現代社会においてはむしろ不都合なものになってきます。
つまり、アージは緊急事態を乗り切るために「今」に全集中しますが、これでは現代を生きる上では身が持ちませんし、局所的で感情的な判断が結果として著しく不利益を伴うこともあります。
アージ理論では、人間が感情的で非合理的な判断を行ってしまうのは、人間の心の進化よりも文明の進歩の方が早く、未だヒトの心の進化がそれに追いついていないためであると考えます。
進化論以外の感情理論
情動の末梢起源説 by ジェームズ&ランゲ
ジェームズ(W.James)とランゲ(C.Lange)が提唱した「末梢起源説」は、生理的反応が感情よりも先に起こるという説です。
「悲しいから泣く」のではなく「泣くから悲しい」ということです。
これは「顔面フィードバック説」に近い理論ですね。
情動の中枢起源説 by キャノン&バード
キャノン(W.B.Cannon)とバード(P.Bard)が提唱した中枢起源説は、生理的反応よりも感情が先に起こるとし、ジェームズ&ランゲによる末梢起源説を真っ向から否定しています。
脳(中枢神経系)の視床で情動が形成されるとする説です。
情動二要因論 by シャクター
上で見てきた末梢起源説も中枢起源説も、外部刺激が身体の生理的変化を引き起こし一義的に情動の経験をもたらすという意味で共通点のある情動形成過程の説明理論です。
しかし、この2つの説明理論では「身体の生理的変化が同一なのに異なる感情が沸き起こる経験」をうまく説明できません。
例えば心拍数が上がり発汗するのは、激しく怒っているときも、好きな人に告白しようとして緊張しているときも、同じです。
つまり生理学的変化のパターンは感情の種類に比べて少ないのです。
そこでシャクターは、そのような生理学的変化(生理的覚醒)に対する「認知」が感情を生むと考えます。
シャクター(S.Schachter)&シンガー(J.Singer)の実験では、アドレナリンを注射し、それにより生じる身体的変化を正確情報を与える群と与えない群に分けた時、正確情報群は周囲の環境に左右されず、感情変化を経験しませんでしたが、無情報群は自分が置かれている状況を解釈することによって生理的変化にラベル付けを行っていることが示されました。
感情優先説 by ザイアンス
ザイアンス(R.B.Zajonc)は、認知と感情は独立した体系であり、認知が関与しなくとも感情は生み出されると主張し、その根拠として「単純接触効果」を挙げました。
彼は、サブリミナルなレベルで絵や音を提示してもその好意度が上がる、つまり認知していなくても感情が影響を受けるということを示しました。
単純接触効果とは、繰り返し接することでその対象への好意が高まる現象を指し、この研究以来、人物、商品、図形、音楽など広範な刺激において単純接触効果が生じることが確認されています。
拡張=形成理論 by フレドリクソン
ポジティブ心理学者であるバーバラ・フレドリクソン(B.L.Fredrickson)が提唱した「拡張=形成理論」では肯定的な感情(ポジティブ感情)の形態や機能が論じられています。
セリグマンのポジティブ心理学を基にしているので、ポジティブな感情に着目します。
この理論では、ポジティブ感情が精神の働きを拡張し利用できる資源や能力を形成し、この拡張と形成を繰り返すことで人は成長すると考えます。
ポジティブ感情とは、喜びや感謝、安らぎ、興味、希望、誇り、愉快、鼓舞、畏敬、愛、さらには楽しみや歓喜、恍惚感、希望、感動など、ポジティブ感情には多様な種類がありますね。
これまでの理論は恐怖や不安などのネガティブ感情を対象にしていましたが、ポジティブ感情は「長期的な生存」に貢献します。
フレドリクソンは「ポジティブな人だけがうまくいく3:1の法則」を2010年に出版しています。
興味のある方は読んでみてください。
【未使用】【中古】 ポジティブな人だけがうまくいく3 1の法則
ソマティック・マーカー仮説 by ダマシオ
ダマシオ(A.R.Damasio)の「ソマティック・マーカー仮説」は、ある経験に対する快不快の感覚を記憶し、それを感情に表出させることで意思決定を効率化させているという理論です。
体験した過去の同じような状況時に、快不快の感覚を呼び起こし、そのときの感情を表出させることで優先順位をつけ選択肢を限定させてその中から意思決定をすることで効率化を図っていきます。
まとめ
進化論に関係した理論として以下の4つを覚えましょう。
「顔面フィードバック仮説」(by トムキンス):感情は顔面筋と腺の活動の生得的な反応パターンの中枢へのフィードバックの結果として生じる
「基本感情説」(by イザード、エクマン、プルチック):ヒトは系統発生的に連続した文化普遍的な基本感情を持つ
「アージ理論」(by 戸田正直):進化論的な立場から感情を認知システム全体との関連で捉える
それ以外については以下の図にまとめます。
過去問
第1回(追試)問51
感情の諸理論に関する説明について、適切なものを2つ選べ。
① 戸田正直は、感情は迅速な環境適応のために進化してきたと唱えた。
② S.Tomkins は、血流変化によって感情の主観的体験が説明されると唱えた。
③ B.L.Fredrickson は、負の感情が注意、思考、活動等のレパートリーの拡大や資源の構築に役立つと唱えた。
④ R.B.Zajonc は、感情反応は認知的評価に先行し、感情と認知はそれぞれに独立した処理過程であると唱えた。
⑤ S.Schachter と J.Singer は、環境の変化と身体活動の変化によって感情の主観的体験が説明されると唱えた。
① 戸田正直は、感情は迅速な環境適応のために進化してきたと唱えた。
正しいです。戸田は進化論的な理論です。
② S.Tomkins は、血流変化によって感情の主観的体験が説明されると唱えた。
間違いです。トムキンスは「血流変化」ではなく「顔面筋」のフィードバックによって感情の主観的体験が説明されると唱えました。
③ B.L.Fredrickson は、負の感情が注意、思考、活動等のレパートリーの拡大や資源の構築に役立つと唱えた。
間違いです。負の感情ではなく「肯定的な感情」が典型的な思考や行動の仕方を広げ永続的な個人的資源を作り上げるとされています。
④ R.B.Zajonc は、感情反応は認知的評価に先行し、感情と認知はそれぞれに独立した処理過程であると唱えた。
正しいです。
⑤ S.Schachter と J.Singer は、環境の変化と身体活動の変化によって感情の主観的体験が説明されると唱えた。
間違いです。「生理的覚醒」をどう「認知」するかによって感情が生じると考えます。
第4回 問88
”感情は覚醒状態に認知的評価が加わることで生じる”とする感情理論として最も適切なものを1つ選べ。
① A.R.Damasio のソマティックマーカー説
② P.Ekman、C.E.Izardの顔面フィードバック説
③ S.Schacter、J.Singerの2要因説
④ W.B.Cannon、P.Bardの中枢起源説
⑤ W.James、C.Langeの末梢起源説
選択肢③が正解です。
第3回 問128
感情と文化の関連性について、不適切なものを1つ選べ。
① 各文化にはそれぞれ特異な社会的表示規則があり、それによって感情表出が大きく異なり得る。
② 社会的構成主義によれば、それぞれの文化に固有の感情概念や感情語によって、感情経験が大きく異なり得る。
③ 日米比較研究によれば、見知らぬ他者と同席するような状況では、概して日本人は表情が乏しくなる傾向がある。
④ 日本で優勢とされる相互協調的自己の文化では、米国で優勢とされる相互独立的自己の文化に比して、怒りや誇りが経験されやすい。
① 各文化にはそれぞれ特異な社会的表示規則があり、それによって感情表出が大きく異なり得る。
これはエクマンの「神経文化説」の内容で、正しいです。
② 社会的構成主義によれば、それぞれの文化に固有の感情概念や感情語によって、感情経験が大きく異なり得る。
正しいです。
③ 日米比較研究によれば、見知らぬ他者と同席するような状況では、概して日本人は表情が乏しくなる傾向がある。
正しいです。
④ 日本で優勢とされる相互協調的自己の文化では、米国で優勢とされる相互独立的自己の文化に比して、怒りや誇りが経験されやすい。
不適切です。相互協調的自己観のほうが怒りや誇りの感情は抑制されやすいです。
次の記事
次は、気分一致効果について。
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